森山みえ フラメンコBLOG

森山みえ フラメンコBLOG カテゴリー別アーカイブ: 舞踊活動の諸々

いよいよ12月になり、

今年はどんな年だったか振り返ることも多くなってきました。

毎年ではありますが、

今年は特に、おっきく『断捨離』しました。

 

捨てたものがあります。

沢山のものを捨てました。

捨てた時は痛みがあったものもありました。

けれども、今を振り返ると、

あの時に痛みを伴いながらも捨てたから、

今年の活動ができたんだと分かり、

やはり、手放さなきゃならなかったんだと実感してます。

「捨てる」のではなく「手放す」ですね。

手放したもので、後悔したものはありません。

強がりでなく、全て良かったと思ってます。

なので手放したものに愛着もなければ執着もなく、

むしろ、なんであんなに必死になって

掴んでたのかが不思議なくらいです。

 

 

今年、手放したものの殆どは『怖れ』でした。

 

「こんな私なんかにできるのだろうか」

という怖れが沢山ありました。

小さいものから、大きいものまで、

本当に私は多くのものを怖がっています。

 

ここ最近で手放したものは、「所属しない」という状態でした。

 

私は随分と長いこと、どこかに所属することを怖れていました。

私は

何となく無視されるとか、

何となく煙たがられるとか、

何となくきつく当たられるとか、

何となく冷たくされるとか、

そんなことがこれまでによくありました。

私が気にし過ぎの部分もあるかもしれません。

でも、子供の頃から、

女の子の集団ではよくあることのように思います。

そういう目に遭った人はそこそこいる気がします。

だから、

「人の輪に入るのが怖いな」

って思いはいつでもあります。

また、あんな風にされたら嫌だなって思いが

人の輪に入ることから足を遠のかせていました。

無理してまでして、どこかに所属しないでもいいや。

 

類友とは良く言ったもので、

今の私の生徒たちは、どっちかというと、

私のような目に遭ってきたんじゃないのかな?

って感じの人たちが多いです。

私がこんな感じだから、似たような子が集まるんでしょう。

そして、こんな感じじゃない人たちは

何となく居心地悪いものを感じて自然と消えていくんでしょう。

てか、私が気づいたら、そういうキツイ人たちは追い出してます。

何故なら、私も先生にそうやって守ってもらったことがあるから。

先生と生徒という垣根があるものの、

自分と同じ側にいる人たちと一緒にいるのは平和でいいです。

 

その平和な状態から、

既に人の輪ができあがったところに飛び込むのはとても勇気がいる。

とても怖い。

足がすくむ。

わざわざ、そんなとこに行かないでも・・・って思ってしまう。

 

でも、今年は、

「怖いな」って感じることを敢えてやってみようと思ったのでした。

やってみたら意外と大丈夫だったってことは多いので、

やる前から怖がって一歩踏み出さないんじゃなくて、

やってみようと思いました。

今までやらなかったことをやってみようと思いました。

 

いつでも、未来のことは分からない。

過去に何が起きたかしか分からない。

人が手に入れる分は、人が手放した分とイコールだと、つくづく思う。

そして、いつでも、必ず、「手放す」が先に来る。

そして後から「手に入れる」が来る。

 

私は上の人に、

「あーしなさい。こーしなさい」

って言われるのがそんなに嫌じゃない。

「こっちの舞台に出て」と言われれば「はい」だし、

「こっちの衣装を着て」と言われれば「はい」だし、

「こっちの踊り方に変えて」と言われれば「はい」だし、

「掛け持ちしちゃダメ」と言われれば「はい」だし、

まあ、程度問題はあれど、そんなに自由でなくても構わない。

むしろ、拘束される位で愛情を感じる。

けれども、私に「あーしなさい。こーしなさい」

って言う人は、もう長いこといなかった。

それは自由だけど、寂しくもある。

 

私は生徒を持っているので、上の人の目線が多少は分かる。

「あーしなさい。こーしなさい」

と『言いやすい生徒』と『言いにくい生徒』がいる。

その差は何だろう。

その差は、生徒の側から先生の側に一歩踏み込んでくる感じがあるかないか。

ただそれだけの差。

一歩踏み込んで来ない生徒は、

「あーしなさい。こーしなさい」

と言わせない雰囲気がある。

言うことを許可されてないように感じる。

だから先生からしたら言いにくい。

生徒の側からしたら、言われにくい。言ってもらえない。

 

「あーしなさい。こーしなさい」

と言ってくれる人がいない状況が寂しいと自分で感じているのならば、

怖がってないで一歩踏み込まなきゃならないんだって思ったのでした。

ドアをくぐらなきゃ!

そう思って、飛び込んだのでした。

 

今後はどうなるかは分からない。

また、かつてのように怖れてた状況に置かれるかもしれない。

舞踊団員とか言っても、何をするのか良く分かってない。

未来は不安と怖れだらけ。

けど、既に私は今、「あーしなさい。こーしなさい」

と言って下さる人を得ました。

その方にレッスンを付けて頂き、

「もっと、こうしなさい」

「もっと、こうよ!違う!あーーー!」

「そう!!!」

と言って頂き、寂しかった心が癒されていく感じを受けます。

言って下さる方がいるって、ものすごく有難いことです。

 

「もう既に教室も持ち、自分で色々と活動してるのに、何で今更?」

と何人かに言われました。

私に直接聞く人は少ないけど、人づてに聞くと、そう思ってる人は多いようです。

でも、今更じゃない。

今までやってきてないことだから、やりたいんだ。

私は、

「あーしなさい。こーしなさい」

とぐっと私の中に一歩踏み込んできてくれる人が欲しかったのでした。

どうしたらいいのか途方に暮れていたので、言って下さる人を探してたのでした。

学びたいことは、まだまだ山ほどある。

その先生は、私が学びたいと思うものを沢山持ってらっしゃる。

 

目下、その先生の指導の元、踊りを仕上げております。

それ以外にも、

「こんな私なんかにできるのだろうか」

という怖れをいくつも手放すことで、少し心境が変わったこともあり、

踊りも変わってきたように思います。

 

 

その先生の舞台に1月5日に立たせて頂きます。

1部では舞踊団員として「大地と炎」に参加し、2部ではソロを踊ります。

 

チケット、扇にして仰げる程、余ってます(^^;)

興味を持って頂けましたら、是非観にいらして下さい。

チケット料金は割引価格でご提供いたします。

info@miemoriyama.jp までお問合せ下さい!

 

 

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昨日はアルハムブラにてライブに出演致しました。

 

観に来て下さった皆様、

どうもありがとうございました。

私が踊りに出るとなると、

いつも大勢の生徒さんたちが応援に駆けつけてくれて、

本当にどうもありがとうございます。

中には、毎回来てくれる人たちもいて、

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

このお礼はレッスンでお返ししていきたいと思っております。

 

さて、昨日は今年4回目となるフアンの企画でした。

フアンは、ほぼ毎月出演しないかと声を掛けてくれるのですが、

教室のイベントもあるし、

そうそうは出てられないので全部はお受けできませんが、

私はフアン企画は好き。

フアンってすごく良い人だな~って思ってるのもあるし、

バックは大抵スペイン人だし、

フアンがどこからともなく共演者を見つけてきてくれるので、

知らない人とも知り合いになれ、交友関係が広がるし、

毎回楽しみながら出させてもらってます。

 

今回は今までと違い、

ソラジャとホセというスペイン人が出演する日でした。

何とも豪華なメンバーの中で踊らせてもらい、

とても勉強になりました。

 

こちら(↓)は日本人バイレ。

左から里有光子さん、私、市川幸子さん、渡辺なおみさん。

皆さん、初めましての方で、最初は緊張しました。

でも、終わった後に一緒に打ち上げに行ったりして、

楽しい時間を過ごさせて頂きました。

 

なんと幸子さんは私の大学の先輩だってことが判明!

しばし、大学の話に花を咲かせました。

 

うちの大学はスペイン文化学科ってのがあることもあり、

フラメンコ部(こんな名前だったっけ?)ってのがあります。

でも、当時の私は、全然興味がありませんでした。

色とりどりの衣装を着てる人たちを見ても、

「イロキチ」

としか思えず、

入部しようなんて考えはこれっぽっちもありませんでした。

今思えば、あの時からフラメンコをやってれば良かったと思います。

 

私がフラメンコを始めたのは、1999年12月。

確か12月はレッスンが3回位しかなくて、

うち1回は見学だか体験レッスンだったので、

実質、ちゃんと始めたのは2000年1月でした。

けれども、一応、フラメンコの門をくぐったのは1999年12月。

ということは、なんと丸18年の歳月が経ちました。

18年も続くと思わなかった(^^;)

ただ、フラメンコの門をくぐってからしばらくはえらいのんびりで、

2001年4月28日、

まさに私の30歳の誕生日にセビジャーナスで発表会に出ました。

1年半もちんたらとセビジャーナスやってました。

そんなこんなで30代に突入。

その発表会のゲネプロで踊る先輩たちを客席から見て、

「もうちょっと頑張りたいな」

って気になり、そこからスパートを掛けました。

この業界でプロとしてやってる人の中では、遅いスタートだと思います。

でも、その間、辞めたいと思ったことは一度もなく、

毎年、毎年、自分の成長を実感できる程、フラメンコは奥深くて面白くて、

多分、私は今から18年後もフラメンコは続けてると思います。

 

 

そうそう、昨日はいつも通りに自分でモニョを結い、

髪飾りを付けてスタンバイしてたのですが、

2部の前の休憩時間にソラジャが、

「ソレアを踊るなら、これじゃダメ!」

とモニョを結うところからやり直ししてくれました。

「おおおお!!!!」

と思う程、その出来上がりは美しく、

「さすがだ!」

という出来栄えでした。

このところ、私は色々な人になすがままにお世話になってます。

七五三に出掛ける子供のようです。

ただ、日本人の髪を舐めるなよ!

って感じなのですが、結い方が緩くて、

1歌を踊ってる時点ですでに髪の毛が崩壊しました(^^;)

ペイネもどっかに跳びました。

私、髪の毛が多いので、かなりがっちり結わかないと崩壊するのです。

あと、ソラジャがゆったりと溜めて踊る、

もろへレスの踊り方をする人なので、

素早く首を付けてブエルタするような踊り方をあまりしない。

一方の私はそういう踊り方が多い。

ブエルタする度に髪が崩れていきました・・・・。

でも、どういう配置でペイネとフローレスを飾ったらいいか、

モニョの位置はどの辺がいいのか、

それは勉強になりました。

ソラジャ、ありがとう♡

 

まあ、タブラオライブって色々ありますよね。

昨日は、用意してた振りだとどうも流れが悪くて、

ゲネの後、急遽振りを変えました。

バックによってもちがうし、

バックが同じでも日によってちがうし、

タブラオって難しいなって思います。

他にも、ここには書けないようなこともありました。

でも、全て完璧じゃない状況で踊るってことに慣らさせてもらい

それ故に上手くいかないことがあっても、

いちいち気にしないメンタルの強さを養わせてもらえるのも

タブラオライブの良いところ。

踊りに限らず、繊細過ぎると生きにくい。

こういうマイナスのことも学びです。

そして、それを糧に、

テアトロ公演では完成度の高いものを踊れたらいいなって思います。

 

さあ、いよいよ2月に向けて、本格始動致します!!!!

頑張るぞ!!!!

 

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来月、アルハムブラに出演致します。
共演のバイレは初顔合わせの方ばかりで、楽しみ半分、不安半分。
今回はスペイン人が2人出演します。
日本人バイレも実力派揃い!
皆様、是非、是非いらして下さいm(__)m
 
もう既に他の共演者はお店に予約を始めているようです。
予約順に良いお席が埋まっていきます。
ご予約を承りますので、是非お声掛け下さい(*^-^*)
よろしくお願いいたします。
 

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昨日はエスペランサに出演致しました。
雨の中、足元が悪いにも関わらず、
大勢のお客様にお越し頂き、
どうもありがとうございました。
また出演者の一人が急病により出演できなくなり、
楽しみにして下さってたお客様には
大変申し訳ございませんでした。
何とかこの難局を乗り越えようと
出演者が一丸となり舞台に挑みました。
ご支援下さいまして、
本当にどうもありがとうございました。
心からお礼を申し上げます。
 


※私、身長168㎝もあるのですが、
大男たちに囲まれてるせいか、おっきく見えないですね。
日本人も大きくなりましたね~。
この中にいると美和ちゃんがちっこく見えますが、
彼女は平均身長だそうです。

 

 
私はライブのある日は、
楽屋入りの前にスタジオに行き、
軽く身体を動かしてから出掛けます。
昨日のライブ前には色々なことがあり、
ちょっと自分のことに集中できなかったので、
本番の日位は集中したいと思い、
スタジオに行く際に携帯を持って出掛けませんでした。
それで家に帰り携帯を見たら、
ちょうど電話が鳴り、
「もしもし・・・」
と出たら、
病気の為、出れなくなったとの報。
ご飯を作って、食べて、
あと30分で家を出る!って時でした。
「どうしよう」
と考えてる間もなく、
がっかりする余裕もなく、
「とりあえず食べないと踊れないから、
ご飯は食べよう!」
と思い、予定通りにご飯を作り、食べ、
予定通りの時間に家を出ました。
そして、電車の中で、
永田さんとノブに、
「衣装を2着もってきて!」
と連絡し、
ノブは家を出る直前だったらしく
ギリギリセーフでした。
二人の住まいはうちよりも高円寺に近いから
大丈夫だと思ってましたが、危ないところでした。
それで急遽、永田さん、ノブ、私の3人は
もう一曲増やすことにしました。
永田さんは習いたての、
やたらと難しそうなファンダンゴ、
ノブはソレア、
私はクラスで教えてるカラコレス・・・。
楽屋に着くなり、
練習生2人に舞台を譲ることなく、
プロの3人が舞台を占拠し、
ひたすら増えた曲の練習をしてました・・・。
皆、必死でした。
 
私が初めてソロを踊ったのは今から15年程前。
フラメンコ歴2~3年の頃でした。
その時に踊ったのがカラコレスでした。
それからぶりにカラコレスをソロで踊りました。
フラメンコ歴18年にして2回目のカラコレスでした。
 
何も準備せず、練習もせずに、いきなり舞台で踊れる曲となると、
クラスで教えている振りになってしまいます。
それをエスコビのところをちょこっと変えて踊る。
電車の中で、エスコビどうしようと脳内趣味レーションしました。
現時点で振りが完了しているのが、
火曜昼のカラコレス
土曜のソレポルconマントン
金曜夜のカーニャconバタyマントン
です。
もう一曲をバタのソレアを踊ることになってたので、
ソレポルじゃ被るし、
カーニャだとまたバタになっちゃうし、
プロの男性が二人も出るなら、
サパテアードがガンガンのをやるだろうから、
私は箸休め的な曲を踊ろうと思い、
カラコレスを踊りました。
もう一曲のソレアが力強く踊る曲なので、
もう一曲は柔らかく踊れる曲がいいかなってのもありました。
二曲踊ると、自分の色々な面を表現できるのでいいですね。
美和ちゃんもアバニコだったので、
できたらガロティンを踊ればよかったのでしょうが、
今ガロティンを毎週は教えていないのでちょっと自信がなく、
安全策でカラコレスを踊りました。
 
そのカラコレス。
いざ舞台で踊ったら、
超速かった( ;∀;)
何故、あんな速さになったのでしょう。
いえ、私がどっかで上げちゃったんでしょうが、
どこで、どう上がったんだろう・・・。
ブレリアかと思うくらい速かったです。
カラコレスのレトラは異様に長いので、
エアロビかと思った。
その上、舞台は滑るし、
少し痩せたせいで衣装は落ちてきちゃって
裾は踏んづけるし、必死でした。
更には、
ギターは片桐さんと江戸ちゃんの2本だし、
パルマは永田さんとノブでやたらとでかい音だし、
カンテが聞こえない!!!!
カラコレスって歌の長さがマチマチだから、
歌を聞きながらじゃないと踊れないのですが、
その歌声がかき消される程に楽隊の音がでかくて、
歌が終わってないのにレマーテかけちゃったりして、
「ひゃーーーーーー」
と思いながら、もう1コンパス、レマーテを増やしたりして、
かなーーり冷や汗ものでした。
そして、
「男性の踊り手の合間に踊るには
華やかで軽やかなカラコレスは良かったんじゃないかな♡」
って勝手に自画自賛してたら、
帰りの電車の中でミッチーに、
「力強かったです(∩´∀`)∩」
と言われ、
「そっちの路線を狙ってな~~~~~い(;・∀・)!!!!」
と思ったのでした。
次にカラコレスを踊る機会があったら
ミラグロ・メンヒバルやメルチェ・エスメラルダのような、
優雅なカラコレスを目指します( 一一)
 
そして、そして、
去年の7月に手術をして以来、
初めてソロを2曲踊りました。
期せずして、2曲ソロの山を乗り越えました。
大分体力が戻ったようです。
「2曲踊れるか」
と迷う間もなく、
「やらなきゃ」
と思ったので、火事場の馬鹿力でした。
去年の12月のスタコンで、
踊る予定がなかったけど踊らざるを得なくて
ソロを踊ることになり、
ソロ復帰を遂げたものの、
体力的にきつくて、苦しくて、
あまりにも不甲斐ない出来で、
悔しい想いをしました。
昨日は準備不足とはいえ、
元気に2曲踊れるようになり、
嬉しかったです。
 
さて、美和ちゃん、如何でしたか(*‘∀‘)
綺麗だったねぇ。
あの狭い舞台で、
マントンとアバニコの両方を使い、
良くぞ踊り切りました。
踊りもしっかりしてきたし、
頑張った甲斐あったと思います。
 
そして、ドミちゃんもどうでしたか。
気合いのはいった、いい踊りしてましたよね。
全然面倒を見てあげれなかったけど、よくぞ頑張った!
 
ドミンゴと美和ちゃんの結婚披露ライブ
と銘打って開催したライブでしたが、
それに便乗して、
私も心から昨日のライブを楽しみ、満喫しました。
お二人、末永くお幸せに(*^-^*)
 

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6月18日の生徒ライブで踊った時の写真を頂きました。

赤の衣装はソレア。
赤は私の鉄板。

 

 

 

 

黒レースの衣装はシギリージャです。

この衣装はおNEWです。

パルマで入った時に一度着たけど、踊る時に着たのはこの時が初めて。
近くでみると黒の衣装に見えたけど、照明の元で見ると、意外と赤が強いのね。

 

 

相手役は、ゲスト・バイレの永田健さん。

永田さんと一緒に踊るのは今回が初めてでした。

私は、自分の先生(男性)と5回位だったかな?一緒に踊らせて頂いたことがあります。

その先生に男女のパレハのお作法を教え込まれました。

なので、私の中の相手役の基準はその先生だったりします。

もちろん、人が変われば、色々と違いがある。

この日、永田さんと踊り、当然ながら勝手の違いを感じました。

まだ違和感がある。

パレハって、ソロでも踊れるのが基本にあるけど、ソロを踊る二人が舞台の上にいるのと違くて、あくまでもパレハはパレハなのよね。

二人の息が合い、お互いの存在を感じ合わないと、あまりいいパレハにならない気がします。

けど、まだこの日は、ソロで踊る人が二人って感じだった気がしています。

もうちょっと一緒に練習したり、本番の舞台で踊らないと馴染まない。

来年の2月の公演で一緒に踊ることになっているので、それまでにこの違和感を解消させ、もっと相手に馴染まないと、ただ形を追ってるだけになっちゃうなって思ったのでした。

男性と踊ると、サパテアードの激しさはある。

それだけでも、「すごっ」ってなる。

けど、それだけじゃ足りない。

そこに男女が踊るからこそ表すことができる情感ってものがないと、あまり一緒に踊る意味がない。
足の激しさだけなら、男性同士で踊った方がいい。
情感に関しては、女性の側から強く発し、男性はそれを受け止める感じが、フラメンコは合うと思う。
男性が熱い想いを表現して、女性がクールだと、なんかフラメンコって感じがしない。
女性がわがままに振る舞い、男性が翻弄されつつも包み込むのがフラメンコの男女のパレハではよく見る。
なので、私がもっと頑張らねばなりません。
今後の課題でございます。
そういう観点で言えば、芽衣ちゃんとドミンゴのファンダンゴに負けました。
あの二人は、息があっていて素晴らしかったです。

 

こちらはオープニングのソレポル。

 

 

目下、ダイエット中。

去年病気をし、治療の為に飲んでる薬の副作用で、飲み始めた頃にガーっと太りました。
そういう副作用があるって聞いてたので覚悟はしてましたが、さすがにショックです。

体調も良くなかったので、寝てることが多く、あまり自分の練習もできずにいたので筋肉も落ち、それ故に代謝も落ちました。

そのせいで、軒並み、衣装が入らなくなって困ってます。

少しずつ体調も上向いてきたので、少し身体を動かし、来年2月までにどうにかしなきゃって思っています。

 

 

衣装は入らなくなっちゃうし、身体は動かないし、見た目も落ちたし、がっかりなところですが、それでも、今こうして舞台に立ち、踊れるだけでも、めっけもの。

踊れなくなるかもって思ったこともあったので、踊れるだけでも幸せです。

 
命を削って踊るって程深刻ではありませんが、命を燃やすつもりで舞台に上がっています。

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