生徒ちゃんたちのペーニャ奮闘記

(01)諸々

恐れ

人には恐れの感情があります。

舞台で踊る際の恐れには、

「失敗したらどうしよう」
「恥かいたらどうしよう」
「馬鹿にされたらどうしよう」
「見向きもされなかったらどうしよう」
「批判されたらどうしよう」

といったのがあります。

この恐れを抱えた状態では、人は踊れない。
踊ったとしても、いい踊りはできません。

バックアーティストの目

私たち踊り手にとって、一番怖い目はお客様でもなく、批評家でもなく、先生でもなく、バックアーティスト。
バックアーティストが一番踊り手の実力を分かってるから。

そのバックアーティストが目の前の踊り手に対し、応援する目を持っていてくれると、踊り手の恐れはかなり軽くなります。

できてないとこがあっても小馬鹿にすることなく、
「もっとこうするといいよ🥰👍✨✨✨」
と明るく朗らかにアドバイスくれちゃうような人だと、安心してその人の前で失敗できます。

失敗するから学べます。
実力がついて行きます。

一方の、人を小馬鹿にする人、もしくは、本人にそんなつもりは全くなくて、応援してくれてるのに、その人がすご過ぎて、
「こんな私の為に演奏したくない筈😱歌いたくない筈😱😱😱」
と自己卑下を誘発させる人の前では、恐れ感情MAXで手も足も出なくなります。
無表情であまり喋らない人はこのような印象を与えがちです。

『恐れ』の対極は『愛』

恐れの感情の対極は愛だそうです。
確かに!

先日、生徒たちとペーニャに行きました。
以前に生徒と行ったことがあったのと、その前から知り合いが何人もそこに出入りしてて何となく話しに聞いてたので、どんな感じのところかを知ってました。
そこは、生徒が行っても、『恐れ』を抱くことなく、『愛』を感じられるところだと知ってたので、生徒を連れていきました。

ソロを踊ったことがないようなピヨピヨひよこの生徒が必死に踊って、それでうまく踊れないところがあったとしても、

「オレー!」
と笑顔で応援してくれるところ、
もしくは、
「分かる!緊張するよね!私もだよ!」
と同じ目線で共感してくれるところには

があります。
愛のあるところは温かい。
温かい雰囲気の中でなら踊れます。

もし、ピヨピヨひよこの生徒が必死に踊っていても、
「あー、あー、場違いなところに来ちゃって可哀想に…」
と冷めた目で見られていたら、そこには、

恐れ

があります。
とっても寒い。
こんなところじゃ踊れない。

主催の小倉さんご夫妻のほのぼのとした雰囲気も相まって、神楽坂のペーニャには愛があります。

騙されたと思って

そもそもフラメンコは難しいんです。
敷居が高いものなんです。

ただ先生としては、敷居を高く見せたら生徒の誰も挑戦しなくなっちゃうから、敷居の高さを感じさせないように、低いように見せかけて、うまーーく騙して生徒に敷居を跨がせています。

だから、一歩足を踏み入れたら、
「難しい(;’∀’)」
と思って当然です。

小さい子供の予防接種でお医者さんが、
「痛くないよー。ちくっとするだけだよー」
と言って注射を打ったら、
「いたーーーーーーーい(ノД`)・゜・。」
ってのと同じ感じで騙してるんです。

でも、動かなきゃ何も始まらない。
生徒自ら動くのは難しいから、先生が生徒を騙し騙し誘導してます。

恐れを抱く人に高い敷居を跨がせる為には、このように誘導する人が必要なんです。

「とりあえずやってみたい!」という気持ちを大切に

「何かをやるからにはパーフェクトを目指さなければならない」
「人に披露するからにはちゃんとしてなきゃダメ」

そんなこと言ってたら、何もできない。

「とりあえずやってみる」
「楽しそうだからやってみたい!」

という気持ちを大切にする。

上手くなる人って、上手くなることを目標としてないんですよね。
「楽しそうだからやる」という挑戦を沢山したら、結果として上手くなってるの。
上手くなる結果を狙わない方が上手くなる。
失敗から沢山のことが学べるし、逆に言うと失敗からじゃないと学べないことは沢山あるし、とりあえずやってみる。

だからこそ、騙されて高い敷居を跨いじゃった人が、騙され続けて挑戦できるように、温かい雰囲気のところに身を置く必要がある。

「痛くないよ」と言われて打った予防接種が痛かったと大泣きした子供に対し、
「良く耐えたね!偉かったね」とお医者さんも看護婦さんも親もその勇気を称えてくれたら、子供だって我慢した甲斐があったってもんだ。

大人のフラメンコも同じ。

温かい雰囲気のところで、沢山痛い目を見たらいい。
その健闘を励まし、褒め称えてくれるところで踊っていこう。

踊れなくなってから後悔しても遅い

先日のペーニャには、エンサージョですらソロを踊ったことのない生徒さんを連れて行き、ソロを踊らせました。
それでも、ちゃんと最初から最後まで踊り切りました。
良く頑張った!

彼女は私と同世代。
フラメンコ経験者として最近うちの教室にやってきた人です。
だけどソロでは踊ったことはありませんでした。
でも、結構上手い。
やらせてみたら、もう一人で踊れるだろうなってのは一目瞭然。

3人も子供がいて、朝からお弁当作って、仕事もしていて、それなのにフラメンコの練習は抜かりなく、
「一体、いつ寝てるんだ?」
という感じなので、やる気はかなりある。
モチベーションが高い。
放っておく手はない。

「もたもたしてる時間は残されてない。
ゆっくり育てるなんて悠長なこと言ってたら、ばーさんになっちゃう。
さっさとやらせなきゃ」

と私のプロデューサ魂に火が付き、目は光り続けていました。

まあ、まだ序章。
彼女は化けると思う。

他の3人は、ソロライブ直後だったこともあり、それぞれのソロ以外にフィン・デ・フィエスタのブレリアも、ひょひょいと出て行って、颯爽と踊ってました。
オレー!

私は4人の生徒たちが誇らしかったです(*^-^*)

何も持たないというのは何よりもの強み


「失うものはない」という人たちは何でも挑戦できる。
人にその名を知られるようになってからだと、「どれどれ」という周囲の目が怖くて挑戦できないことは多々あります。
教室の中でも、未経験者クラスの生徒たちが一番の無敵なのよ。

私はいつも何かをする時に、

「失うものは何もない」
「得るものはある。経験という投資を自分にするぞ!」

と心の中で自分に言ってきかせる。

これだけ踊れても、
これしか踊れなくても、
私は私。

人の目を気にして、やりたいことができない人生じゃ生まれてきた意味がない。
(そもそも人は他人のことなんか、そんなに気にしてない)

失うものがない無敵状態の時に、いっぱい挑戦していきましょう。

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