舞踊団公演「落花流水」ゲストたちのシギリージャ

今年2月に行われた舞踊団公演「落花流水」のご紹介も終盤となってきました。

舞踊団公演には、
毎回ゲストをお迎えしています。

ゲストの方々が入ることによって、
うちの教室メンバーにはない新しい風が
スタジオにも舞台にも吹きます。

舞台を作る過程での、
プロの方々の仕上げ方、踊り、心構えを垣間見ることも
生徒たちには刺激になり、勉強になります。


プロのゲストによる演目は、
壬申の乱をイメージした
シギリージャでした。

詳しい説明はこちら



https://youtu.be/A2ekptcD1EQ

この業界的にも男性は数が少なく、
教室メンバーだけでは足りない為、
外部からゲストを頼まざるを得ませんが、
究極なことを言ってしまえば、
女性ゲストは頼まないでも舞台は成り立ちます。
女子生徒は沢山います。

それでも、前作も、この公演でも
外部のゲストに出てもらいました。

生徒たちは、先生のことは見慣れています。

見慣れる程、本番を見て、スタジオでの稽古の時も見るからこそ、
その芸を盗むことができるのですが、
刺激という点では、段々に薄れてきます。

「先生なら当たり前」
と思っているものもあり、
それを自分に置き換え、
やろうとはしないこともあるかもしれません。

外部のゲストという
新しい風がうちの教室に舞い込むことで、
ふと気付くこともある。

舞台の上では、
先生も、
プロのゲストも、
生徒も関係ありません。

ただの一人の踊り手です。

「先生だから」「プロだから」という理由で、
生徒たちはやらないでいいという理由は存在しない。
生徒たちも、同じ道を歩いている踊り手です。

先生とは異なる道を歩んできた、
先を歩く人(ゲスト)から得るものもある。
レッスンで実際に習わなければ、
その人から学ばべない訳じゃない。
稽古の様子をスタジオの端で見ているだけでも
学べることは沢山ある。

同じ舞台に立つことで、稽古の様子を垣間見ることで、
生徒たちがその人から刺激を受け、
見習うべき点を吸収するってことができると思い、
毎回、女性のゲストを呼んでいます。




実のところ、生徒たちの技術は低くない人もいる。
結構踊れてたりする。
ただ、それは技術面だけ。

踊りは技術だけで成り立っていない。




心意気

舞台に出て行く強い心



がすごく重要な要因となる。

「自分はまだまだだ」
「私じゃ、とてもできない」
という心は謙虚な良い面もあるけれども、
それ故に、舞台で殻を破れないというマイナスの面にもなる。



「驕る心」と「自信ある心」は紙一重。



「卑屈な心」と「謙虚な心」も紙一重。



両方のプラスの面を、上手く舞台で出していけたらいいなって思っています。


女子生徒たちは、外部ゲストが出ることになって、
「勉強になります!」
っていう良い面もある。
けれども、重要な役を、
他所の人に持って行かれるという現実も
きちんと認識して欲しい。

「悔しいな」
と思える人が、前に出てくる。

上手い人じゃない。

舞台に対し、
強い心を持った人が前に出てくる。
ハングリー精神を持った人が前に出てくる。


上手くても、それがないと折れてしまうので、
梯子を掛けてあげれない。

外部ゲストを呼ぶのは、生徒の勉強の為という意味もあるけど、
一番の理由は、生徒でこの重要な役を担える人がいないから。



強い心を持った人には梯子を掛けてあげたい。
その人の力だけでは見ることのできない風景を
観させてあげたい。



外部のゲストが踊る姿を見て、生徒たちは気付いた筈、


自分たちの足りないものが。



技術が必要ないとは言わない。
必要です。
けれども、技術だけ求めても足りない。

舞台は、技術だけを披露する場じゃない。







ゲスト出演して下さった方々、
新しい風を吹かせて下さって、どうもありがとうございました。

生徒たちにとって、とても勉強になったと信じてます。

(写真撮影:近藤佳奈)


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