舞踊団公演6曲目:ティエント

(03)舞踊団公演

ティエント(アンブーリン)

エリザベス1世の母として有名なアン・ブーリン。
彼女はその激しい性格で自分の野心の為に突き進み、多くの人を犠牲にしてのし上がっていきました。
しかし、その人生はやがて破滅的な結末と向かっていくのでした。

妊娠するものの、流産と死産を繰り返すアンをヘンリーは見限り、離婚を考え始めます。
しかしながら、大騒動を起こしてまでしてアンと結婚したのに、すぐに離婚では体裁が悪いと考えたヘンリーは、アンに無実の罪をかぶせ、処刑することにしました。

「姦通罪」「近親相姦罪」「国王暗殺計画」「妖術使い」等の嫌疑がかけられ、身に覚えのない証拠が山のように出てきました。
アンは身の潔白を訴え続けたものの、もはやヘンリーの寵愛を完全に失ったと悟ったアンは、まだ3歳にも満たない愛娘に累が及ばぬよう潔く斬首刑を受け入れました。

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本当に常識というのは全人類が共通で持っているものではなく、国や地域、時代、世代、性別等によって、様変わりしますね。


中世ヨーロッパでのキリスト教というのが、どんなものか、あまり良く知りませんが、何となく知っている限りですと、

〇一夫一妻
〇離婚はご法度

という教えがあり、これを元に色々な常識が作られていきました。

更には、

快楽の為の淫らな性交渉は良しとされない。
子作りの為の性交渉のみOK。
生涯一人の人とのみ性交渉すること。

「え、これ、中世のヨーロッパ人は守ってたの?!」
と今のヨーロッパ人と比べると驚きです。

一夫一妻で、その上、生涯一人の人のみと性交渉が許されたキリスト教ゆえ、当然ながら不倫はダメです。
となると、不倫でできた子供は罪の子とみなされました。
今のように、「子供に罪はない」と言われる時代とは大きく異なります。
親の贖罪は子供に行きました。

未婚の母等の婚外子を産んだ女性は「罪」を犯したことになりました。
貴族の女性でしたら、牢屋ではないけど軟禁状態の修道院に入れられてしまい、子供とは引き離されました。

一方、日本は、多分この点については、ヨーロッパより緩かった。
側室の子で世継ぎになった人は珍しくなかったみたいだし、日本にキリストを伝来した伝道師が、あまりに日本人の性が乱れていて驚いたと言う記述が残ってる位なので、緩かったようです。

なので、ヨーロッパ人が感覚的に持つキリスト教の教えを知らないで、ヨーロッパ人でない私たちがアン・ブーリンの行動を考えると理解できないことも多いのですが、キリスト教の教えを考慮に彼女の行動を見ると、何となく彼女の本音が見えてきます。

ヘンリーに熱愛されてから、処刑されるまで、アン・ブーリンは子供のことを第一に考えています。
いいお母さんです。

ヨーロッパにおける婚外子の扱いの酷さを考え、兎に角、アンは婚姻関係にないヘンリーとの性交渉を拒みました。
「自分の子供が不幸になるのを避けたい」という一心で、「結婚してくれなければ嫌だ」と言ったのではないかと思います。

処刑される際も、「離婚を認めたら、処刑は見逃してやる」とヘンリーに言われていたそうですが、アンはそれを拒みます。
離婚するより、処刑の方を選んだってことです。
「は?なんで?」と現代人の私たちからすると意味不明の選択です。
胴体から首を切られてしまう恐怖を考えたら、「何枚でも離婚届に判を押しますよ~」って私なら思う。
でも、当時のヨーロッパ人の感覚は違った。

離婚を認めてしまえば、アンの娘は庶子(婚外子)に落とされてしまいます。
妻のまま死んでいけば、娘は嫡子のままです。

私は、アンはエリザベスの為に、処刑を選んだのではないかと思います。
決して、王妃としてのプライドじゃない。

アンの妹がアンより先にヘンリーのお手付きに遭い、子供を身ごもったにも関わらず捨てられてしまったと前述しましたが、では、妹はその後どうしたかというと、婚外子を産んだことで実家とは縁を切られました。
一族の立身出世の為に、ヘンリーに娘を差し出し、寵愛を受けている間は宮廷でもかなりの優遇をされていた癖に、娘が飽きられて、棄てられたら、
「未婚の母」「婚外子」=罪、恥とばかりに、娘を切り捨てたブーリン家。
その仕打ちをアンは見ています。
「ああはなるまい」と思ったのは間違いないでしょう。
だから、ヘンリーを拒み続けました。
でも、それが逆効果で、男をじらす結果となり、ヘンリーの恋心に火を点けてしまいました。

さて、ヘンリーにも親兄弟にも捨てられた妹はどうしたかと言うと、平民と結婚し、幸せな生活を送ったそうです。
「じゃあ、いいじゃん。ドロドロの貴族よりも、慎ましくも温かい愛のある平民の家庭の方がいいじゃん」
と私なんかは思っちゃいますが、でも、それが幸せって思えるのは今の私たちだから。
身分階級の厳しかったヨーロッパにおいて、貴族の御令嬢が平民に嫁ぐなんて、かなりの罰。

処刑を免れたとしても、アンとエリザベスに残された道は明るいものではありませんでした。

そこで、アンは決意します。
「ならば、自分はどうなってもいいから、せめて娘だけでも助けたい」と。

そんな良き母のアンが、後世では
『男をたぶらかし、淫らな行為の上、私生児を産んだ悪女』
とされるのは何故なのでしょう。

…。
……。

やっぱり、キャサリン・オブ・アラゴンは人気があったのでしょうね。
スペイン王女という由緒正しい血筋。
敬虔なカトリック教徒。
そして、美しい容貌。

キャサリンは健康な男児を産まなかったというだけで、実はヘンリーとの間に7人もの子供を産みました。
ヘンリーとキャサリンは当初は仲睦まじかったんですね。

そして、国王と言うのは神に選ばれた人だそうで、その国王がキリスト教の「一人の人と添い遂げる」という重~い教えを破った!
ものすごいスキャンダル!

「そんな仲の良かった夫婦を、アンという女が引き裂いた。
神が選びし国王が自ら、キリスト教の教えに背く筈がない。
女がたぶらかしたんだ。
女が悪い!
女はきっと魔女だ!悪女だ!」
となったのではないでしょうか。

実際のアンがどうだったかじゃなく、勝手に想像で、そういう女にされてしまった。

だって、イエス・キリストを最期の最期まで見捨てずに寄り添い続けた一番弟子のマリア・マグダレーナが、女ってだけで弟子とみなされず、「女の癖に一番弟子なんて生意気」とやっかまれて、つい最近までマリア・マグダレーナは、淫らな売春婦だった女ってされたのだから、この手の話は捏造が多いんだと思う。
アンとマリア・マグダレーナは被る。


人々を幸せにする価値観、常識ならまだしも、それらは必ずしもそうとは限らない。

国王の子種からできた子というだけで、暗殺の対象になり、命の危険を感じながら生きる人生よりも、SPを付けずに電車に乗れた上に、居眠りしてても身の危険はないって平民の方がよっぽど幸せって現代の日本に生きるの私は思う。
自分の夫が試験に2度も落ちたのとか、その人の国籍がどことか、いちいち報道されたり、ツイートされるお姫様のことは気の毒でしかたない。
自由ってかけがえない。
平民、万歳!

日本は2013年から、嫡子と庶子の遺産相続に差がなくなったそうです。
それまでは、庶子は嫡子の2分の1でした。
でも、2分の1でも権利が認められてた日本って、ヨーロッパよりマシ!

「不義のベッドから生まれた私生児は罪の子」→「どんな親から生まれても子供に罪はない」
「生涯に一人の人と添い遂げる」→「ちゃんと大人としての責任を取って別れるなら、不幸な婚姻生活を送り続けるより、離婚した方がいい」

等々、過去に当たり前だった常識は、今ではナンセンスになってきた。

常識とか価値観なんて、そんな程度のもの。

でも、そんな程度のものに振り回され、胴体から頭を切り離されてしまった女がいた。
でも、馬鹿な女とは言えない。
今も昔も、きっとこれからも変わることのない、その辺にいっぱい転がっていて、でもすごく尊い、「母の子に対する無償の愛」を持ったアン・ブーリン。

つい最近、日本のお姫様が駆け落ちながら結婚しましたね。
それに反対する人たちは多い。
もう、それって、常識とか価値観とか、そんなどうでもいいことで他人の幸せに反対するなよって思う。
日本一良く分からない常識とか暗黙の了解とかが多い家系に生まれながら、職業も、学歴も、身分も、国籍も関係なく、愛する人を選んだお姫さん、私、すごいと思うわ。
彼女の親も、「日本は両性の合意で結婚できる」と言い、娘に常識とかを押し付けなかった。立派だ。
もしかしたら、何年かして、「あ、やっぱ、この男、違った」って結末が待ってたとしても、それでもいい。
愛する人と一緒になる以上に大事な常識とか価値観なんてない。


で、ここまで長々と書いておきながら、舞台では、世間一般に言われているアン・ブーリンのイメージのままで行きます。
じゃないと、物語として成り立たなくなってしまう。
ただ、ファルーカはそれでいいのですが、
このティエントのアンのソロでは、
「アン・ブーリンは娘に対する無償の愛ゆえに断頭台に上がった」
という解釈でアン役の英子ちゃんには臨んでもらいたいと思ってます。










淫らな性交渉

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