深い悲しみ、怒り、コラへ

(01)諸々

フラメンコであっても、ミュージカルであっても、お芝居であっても、私は『コラへ』の強い人のパファーマンスが好きです。

コラへとは『怒り』と訳されますが、私のイメージではこのコラへは『怒りの元となる感情』だと思います。

怒りの元となる感情、それは、抑圧され、押し殺され、諦めさせられ、永い年月、自分の肚の中に封印された深い悲しみ。

このコラへは、火山のマグマのように奥深くに存在し、表には現れないので、普段はさも存在しないかように思われますが、でも人はこれを隠しきれません。

いい人を装い、他人から望まれる自分を演じていても、コラへは滲み出ます。

このコラへは、奥底に隠せば隠す程、腐っていき悪臭を放ちます。

コラへは、本来の自分とも言えます。本来の自分が、不貞腐れてる状態です。

だから、程々に外に排出されなくてはなりません。

フラメンコの歌も、ギターも、踊りも、パルマ、ピアノ、パーカッション、全て、コラへを外に出します。フラメンコは抑圧の後に必ず爆発があります。

フラメンコは当に、マグマを溜め込み、噴火する火山のようです。

誰もが奥底に隠し持っている何かを、舞台の上の人が表に表した時に、見ている人は自分の中のそれとシンクロさせ、涙します。

カーニャのマチョの歌詞は、

「皆、神様に健康と自由を祈願する。でも私は死を願う」

というもの。

絶望。

なんて暗いんだ。

怒り、コラへは、深い悲しみの二次感情。

憎んでも憎み切れない。

恨んでも恨み切れない。

到底、許せない。

感謝なんてできる筈がない。

殺意すら感じる。

そんな感情が私の肚の底にはいつでもくすぶり続け、やり場のない怒りとなってる。

それでも、深い闇の中に一筋の光を探す。

フラメンコは一筋の光。

だからフラメンコを踊る。

そして、たまにケーキを作る。浄化作用✨✨✨✨

こうやってバランスを取ってます。

ミモザのレアチーズケーキ♥
家で作るのはせいぜいパウンドケーキ

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